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わかりやすくクルマの特性を表現するドイツ人の文章

今回の教材は、“ナンバープレートを付けた一流のレーシングカー”である「ポルシェ 911 GT3 RS」と“快適な公道用スポーツカー”の「911 ターボS」をニュルブルクリンクと周辺道路で比較試乗した記事だ。ドイツ『Auto Zeitung』誌のミヒャエル・ゴッデ氏の文章は、わかりやすい表現でクルマの特性が綴られている。
ハンドリングや空力性能、エンジンフィーリング、居住性などに関する2車種の違いをシンプルな表現で解説しており、FACTをベースにストーリーを組み立てている印象が強い。過去2回、この連載で紹介した英国人ジャーナリストによる記事は、詩的な表現が過剰に感じられるものもあった。基本的に事実を重ねるドイツ人とスタイルにこだわる英国人。ライターの個性もあるだろうが、お国柄もあらわれているような気がする。
クラシック音楽とヘヴィメタルを組み合わせた比喩

とはいえ、この記事が無味乾燥なものというわけではない。序盤、ニュルブルクリンクでGT3 RSを走らせた時の第一印象を、「オーケストラの指揮を執るのに似ている。私はほんの2周でリズムを掴めた。」(GENROQ本誌より)とクラシック音楽に例えている。
これに続いて、GT3 RSのエンジン特性、特にサウンドの魅力をオペラとヘヴィメタルに例えている。
When the RS breathes in the depths of its four-litre displacement, in the middle of its power output, it makes the air with full-bodied timbre to vibrate and then, above 7000 revolutions, its infernal speed aria smashes over the straight, as if Pavarotti were giving Hell’s Bells from the top of his throat, one is in love with it.
これを直訳すると以下のようになる。
「RSが4.0リッターという(大)排気量の奥深くで息を吸い込むとき、出力の中間領域に差しかかると、豊潤な音色で空気を震わせる。そして7000rpmを超えると、その地獄のようなスピードアリア(=速い楽曲)が直線の上に叩きつけられる。まるでパヴァロッティが喉の奥底から『地獄の鐘』を響かせているかのように。思わず惚れ込まずにはいられない」
イタリアを代表する伝説的オペラ歌手ルチアーノ・パヴァロッティと、オーストラリアのハードロックバンドAC/DCの楽曲「地獄の鐘」を掛け合わせた比喩を使っている。GT3 RSのエンジンサウンドを、パヴァロッティの声量と技術でヘヴィメタルの凄まじい咆哮を響かせるという劇的な描写で表現している。
濃厚なワインのような味わい

また、「空気を震わせる」様子は、“it makes the air with full-bodied timbre to vibrate”と表現している。オペラとハードロックの次は、音楽とワインに例えた表現だ。タンブル(timbre)は音の響き方や個性など質感を表す単語で、日本語に訳せば「音色」となる。そこに、濃厚で芳醇・力強い味わいのワインに用いられる“full-body”という表現を合わせている。GT3 RSのエンジン音が単に大きいだけでなく、深みや重厚さを感じさせる文芸的な比喩が使われている。
古くから親しまれているオペラやワインは、ヨーロッパの生活に深く根付いた存在だろう。工業製品であるクルマも、特に「ポルシェ」という存在はすでに欧州における文化の一端を担うものになっていることが、この比喩からも想像できそうだ。
PHOTO/PORSCHE AG